今日、横浜の知り合いから原総一郎さんが死去されたとの弔報があった。
原さんの肩書きを紹介するのに、どれを使えばいいのかに迷う。彼の略歴を見ても、実にいろいろの関わりをされているので、一言では表現しにくい。しかし、「横浜」「市民メディア」「情報誌ぱど」などは欠かせないと思う。
私が、原さんと初めてお会いしたのは、市民メディア全国交流集会熊本大会の頃だったと思う。原さんは、全国の運動の中で、マスメディアとは異なった、市民メディアの重要性について切々と語っておられ、2006年上記横浜集会の事務局長を務められた。
私は、彼があまりにも実直に仕事をこなされるのを見て、たまりかねて、「原さん、少し休んでください。原さんは、いま休んでもらわないと、その後がきついですので」と言った記憶がある。彼は、私の言葉に少し会釈しながらも、少し休むとすぐ仕事に戻られた姿を見て、もはや何も言えないと思った。
昨年の京都メディアフェス・プレイベントにも、ゲストで来ていただき、市民の運動とそれを取り巻く状況について熱っぽく語っておられる姿が目に焼き付いている。
享年48歳。
あまりにも早すぎるではないか。あなたがここにいないことが、どれだけ私に喪失感をもたらすことか?
まだ、やることがある。いや、まだまだです。
あなたが敷いた道は、花に囲まれ、誰でもが楽しそうに通れる道になっている。でも、あなたの前にある空間は、雑木が覆い茂って、誰も通れない道である。われわれは、その前でうちひしがれている。
しかし、しかし、あなたは、それを一本一本ずつ切り出していくすべを我々に教えてくれていた。
そうだ。その記憶を頼りに、雑木の向こうには、あなたの透き通った顔が見えるはずだ。
あなたを失ったことは、我々の心を悲しみに包む。しかし、あなたの存在自体は、我々を決して悲しませることはない。われわれに見えるのは、ただ、あなたの笑顔と、たぐいまれな暖かさである。
それを頼りに、われわれはひるむことはありません。
ありがとう。
新しい「門」を超えたあなたに!
合掌。