チャンスの神様は、前に出た人にだけ振り向く

(以下の文章は、ゼミのブログに書いた文書を元に作成しました。したがって、学生に向けた内容になっています。)

今回の衆議院解散を受けた立候補者の動きを見ていると、野望を抱いている人々の実態がわかっておもしろい。

小泉首相が郵政改革だけを試金石にして解散し、与党候補者選定の主導権を握り、反対派には「刺客」を送り込む手法は、総選挙における争点隠しと有権者をないがしろにするものだと思う。したがって、こうした手法には賛成できないが、刺客候補として立候補する候補者選定のやりとりは興味深い。

8月8日に衆議院が解散されてまだ10日足らずであり、しかも選挙準備期間が一ヶ月もないにもかかわらず、次々と刺客が立候補する動きは、いかに権力に執着する人々が多いかを表している。候補者は、刺客として送り込まれることがわかっているのに、なぜ彼らは立候補するのか。

理由は様々だろう。しかし、共通しているのは、いずれの候補者もが大きな野心を持っていることであり、いざチャンスが来れば、短時間で判断して行動に移す素早さである。そこには旧知の仲間を裏切っても立候補しようとする末恐ろしいまでの野心がある。

彼らの権力への執着心や仲間を裏切る生き方はともかくとして、われわれは、彼らの動きを見て、何を参考にすべきだろか。

私の持論は、「チャンスは自分の都合のいいときには来ず、突然やってくる。その時に一歩前に出られるか人かどうかをチャンスの神様は見ている。神様は、前に出た人だけにチャンスの恩恵を与える」というものである。

学生諸君は、将来に向けて無限の可能性があると思うし、それをできる限り支援したいと思っている。しかし、多くの学生に、将来何になりたいのかを聞くと、こう答える。

「とりあえず、・・・・・し(なっ)てから、今後のことを考えます」

「・・・」は、たとえば、「○○放送局(キー局)に入りたいのですが、試験が難しいので、とりあえず小さな制作会社に入って」とか、「会社訪問するのが嫌なので、とりあえずバイトでもいいので、広告制作会社に入って」とか、「会社に入るのが嫌なので、とりあえずバイトでもしながら」とかいう答えが多い。職業に貴賎はないし、ゆっくり考えることは悪いことではないが、「とりあえず」ということばを使う人は、それ以上の事をしない人が多い。

仕事が終わった後に行った居酒屋で飲む最初のビールはうまい。そこで、ビールにとりあえずを使うことは意味がある。しかし、「とりあえずはビールだけ」にしたい。自分の人生に「とりあえず」を考えるよりも、最終目標をめざすことを考えた方がいい。でないとチャンスの神様は逃げてしまうから。

話を戻そう。刺客候補者から何を学ぶかだが、次の点が重要だと思う。

  1. まず夢や野心をはっきり持っておこう。候補者の場合は、政治家や首相になりたいだが、われわれの夢は何なのかをいつも持っていること。
  2. 夢を実現するためのシミュレーションをしておこう。候補者は、もし政治家になったらということをいつも考えている。われわれの場合も、もしなったらということを想定して考えてほしい。
  3. 夢を実現するための準備をしておこう。2.とも重なるが、候補者の場合、政治家になったらなにが必要かを考えている。政策案や演説原稿なども、別の職に就いているときにも、彼らは準備しているよ。われわれも準備しよう。
  4. チャンスが来たら、決して断らない。自分の都合のいいときにはチャンスは来ない。これは、恋愛でも、バイトでも同じだ。現在は、力不足でも、都合が悪くても、迷わず飛びつこう。力不足は短期間で補う努力をし、都合が悪ければ、都合がつくように考えよう。なんとかなります。

候補者のあくなき欲求を見ていると、われわれの冒険心が萎えていることを痛感する。しかし、われわれは、権力という魔物を求めるよりも、われわれ自身がそれぞれ大切にする目標があるはずた。これを実現する方がはるかに面白いし、意味がある。

自分の目標(これは、大きければ大きいほどいい)を大切にしていきたいものだ。

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