コシヒカリも今年で終わり

四、五年前から、我が家ではコシヒカリを食べている。

新潟に研究会に行った折り、地元の教員の教え子の実家で作っているコシヒカリを分けてもらった。それ以来、毎年、2〜30キロ取り寄せている。

毎年お願いしているので、一昨年のような米不足であっても同じ値段で分けてくれた。ありがたい。しかも、この農家の主人は、めっぽう筆が立つ。素朴な内容であるが、温かい気持ちが伝わってくる。たとえば、次のような文面だ。

おかげさまで今年の稲刈りも18日から始めました。いつもより5〜7日ほど遅い開始でしたが、一粒一粒の稲穂の実入りは上々のようです。ただ、やはり冷夏のせいで収量は平年の2割落ちというところです。同じ手間をかけたのにすこししかとれないというのは、気候のせいでどうしようもないとはいえ、残念です。こういう不作の時の百姓はつらいものがあります。

しかし、我が家の田んぼは過去約10年以上にわたって有機質による土作りを中心に、化学肥料や農薬をあまり使わない米づくりを行ってきましたのでこういう冷夏の年こそその土地本来の実力が出て、収量こそ減少

したものの品質は平年並みになっています。

平成5年の冷夏の年もそうでした。

また、実はコシヒカリは割と冷害に強い品種(あまり知られていませんが)で、実りそのものは

きちんと結実しましたので、粒だちも冷夏の割には良好でした。あさって、はさ木から下ろして精米し

新米をまず自宅で食べてみることにしています。楽しみです。

読み応えがあるでしょう。ずっと農家一筋でやってこられた70歳過ぎの方です。そうした方であっても、今年の震災に遭われて苦労されているようだ。

筒井様

ご心配をおかけいたしております。

先月の地震以来、非常に大変な状態が続いておりまして、お返事を差し上げるのがおくれてしまいました。申し訳ありませんでした。

このたびの地震では、住まいがかなり損壊(土台がずれたり、壁や天井が落ちたり、浴室のタイルが大きくひび割れたり)を受けました。23日から4日間は余震も大きかったため、家の中にも入れず、屋外で避難生活をしました。電気は5日目に復旧しましたが、水道が復旧したのは11月はじめになりました。幸い、人的被害はなく、やれやれというところですが、山の棚田は復旧不可能なほどの重大な被害を受けてしまいました。

そのため、来年度は耕作できるかどうか非常に厳しい状態です。ですので、我が家のお米を長い間ご愛顧頂きましたが、今年度を持ちまして販売を終了させて頂きたいと思っております。いつもお引き立てくださいまして、本当に身に余る光栄でしたが、自然災害には勝てません。

地震の直前にお出ししたお米は、当方の手違いでした。申し訳ありません。残りの30kgはお約束通り、今月中に玄米にて発送させて頂きます。

また、お正月のお餅も年末に発送させて頂きますので、お待ちください。

地震で途方に暮れている時に、心のこもったお便りを頂き、本当に恐縮しています。ありがとうございました。心より御礼申し上げます。地震から10日間以上、交通も通信も非常に厳しい状態でしたので、お返事をするのがおくれてしまいました。

やっと11月半ばを過ぎて落ち着いてきたというのが本音です。

お米の生産にめどが立ちませんので、今年度にて終了させて頂きました。元禄年間以来、ずっと作ってきた先祖伝来の田を失った悲しみは大きいですが、何とか少しづつでも復旧して再び米作りをしたいと考えております。

本当に長い間ありがとうございました。

京都のお菓子をお送りしたら、わざわざお電話を頂いた。年齢は行っていても張りのあるお声なのですぐわかった。今年の豪雪を見ると本当につらい。

でも、春になれば、また意欲を持っておられることと思う。

遠くからでもしっかりと見守っているという気持ちが伝わることが被災者の心にはかけがえのない宝物であるという。私もささやかな気持ちを伝えたいと思う。

カテゴリー: 未分類 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください